9月9日の日記

昨日の日記の後、練習する曲をいくつか選びました。

ウォークマンのブックマークにまとめて、聞いているうちに寝てしまい、起きてカラオケ屋で歌ってみました。

サザンと桑田佳祐さんの曲だと精密採点AIで90点前後は出せていたのですが、今日はサザンのメロディという曲で93点台が出ました。

頑張ればもっと伸ばせそうだなと手ごたえを感じました。

用事を済ませて、パチ屋へ。

また負けました。

店を出ると学生だらけで、疲れた。

老人の方に電車で席を譲ろうとしたが、良く伝えられなかったのかスルーされた。

その方は最後尾の車両から前へ歩いている途中だったので、やりすぎだったかとちょっと恥ずかしくなりました。

帰宅。

シックスパッドと握力グリップをして、今これを書いています。

これから少し筋トレしようと思います。

やりたいことをやることにしました

暇なので、やりたいことをノートに書いてみて、今やれることをピックアップしてやることにしました。

1つは、筋肉を盛りあげることです。

もう3年ぐらい前かもしれませんが、シックスパッドを衝動買いしてしまいました。

ウエストが当時100センチはあったと思いますが、続けていく内に90台から80台と減っていき、今ではギリギリ70台です。

途中で胸筋を鍛えるタイプのも出たので買い足して、やっていましたが、初夏のころから何となくサボったりしてしばらくやっていませんでした。

久しぶりに体組成計に乗ったら、そこまで筋肉は落ちてないし脂肪も増えてないので、じゃあもうひと頑張りして腹筋を割りつつ、筋肉のボリュームアップをすることにしました。

もう1つは、歌を上手くすることです。

一応歌を習い続けていて、多少は歌えるようになりました。

でも、テレビに出ている一般の方よりも劣るのは確かなので、じゃあ一曲か数曲に絞って徹底的に練習してみてもいいかなと思いました。

そういえば歌って面白くて、評価の基準がないような気がします。

無論、声のきれいさや音の高低やリズムはありますが、だからと言って評価されるでもなく、その人がどれだけ好かれているか、努力したか、歌う前のトーク、容姿、あるいは歌が下手なことさえも良い評価につながる場合があります。

ただ、日々のボイストレーニングなど基礎練習は下支えになることは間違いないと思うので、やっていこうと思います。

9月8日の日記

早く起きてしまい、暇なので早めに出社する。

とりあえず今日の仕事に取り掛かると、9時少し前に一段落ついてしまった。

一人でやることがないので、いつものように要らないものを捨てたり、人に作業を手伝ってもらったりして、整理や仕事を進める。

先の仕事までやっておいた。理由は、どうしても行きたくなくなったら1日か2日ぐらい仮病でもつかえるように。

「旅行にでも行ってきたらどうだ」と言われた。

よく考えたら、7年前にかつてお友人の結婚式で名古屋に行ったのがおそらく最後でしばらく行ってない。

僕としては行きたい気もあるが、多分旅行に行ったら「コロナ流行ってるのに」と周囲の人からの厳しい目線にビクビクしそうで、少し困った。

でもここ数年、仕事とパチンコとカラオケしか基本的に行ってないし、同じ電車の路線しか乗ってないので、行きたくもある。けど、職場から離れていいのかも判断がつかない。

本当は、行きたいところも大してない。

結局どこに行っても全部一人でやらなければならないから、大して休めないのが本音です。

帰宅途中、家に帰りたくなくなり、途中の駅で降りて歩く。

そこら辺の道端か公園でタバコでも吸ってボッーとしたかったが、公園に入ると保護者の方々が警戒することが多々あったので、歯茎に挟むタバコを口にして、歩いた。

前に神経症をやっていて、挙動不審極まりない時期があったためか、自宅近くでは、嫌味を言われたり、会いたくない人がいて何か毎回プレッシャーだ。

帰宅。

眠くてしょうがない。

鬱屈して自分を守っていた私

思えば僕は家庭環境や学校環境になじめなかったり色々あったりしました。

そうすると、ショボーンとしていると優しい誰かが声をかけてくれることもありました。

ただ、年を追うにつれそういう優しい方はいなくなりますし、そうしていく内に、鬱屈していることで自分を守るというやり方がいつの間にか自分の常とう手段になっていました。

そうすると、構ってくれない!といい歳こいて思って周りの方々(恐らくは正当な手段で幸せな)を妬んだりしていく内に性格が少しづつねじ曲がっていくのを感じていました。

このままじゃいかんと思って、色々行動や作業や仕事や家事をしていく内に、少しずつ性格が直っていくのを感じつつ、一番大切な気づいたことは「やっぱりかわいがってほしいんだな」「甘えたいんだな」「楽しく明るく幸せに生きていきたいんだな」と本心に気づいてしまったことです。

気づいてからはそうとう苦しかったです。そんな単純で正当な甘えを他人様に出せず、どれだけの失敗をしたのだろうかと。

まあ、それに構っていても仕方がないので、思い出してはため息をついたり頭の中でうわっーとなったりをしながら、日々の作業を続けていくと、少しずつ人に甘えられる(冗談めかして相手を気づつけず)ようになりました。

本当は簡単な一本道をくねくね横道に入り続けていたなと思い返すことがたまにあります。

9月7日の日記

6時ころ目が覚めました。個人の用事で朝一で銀行に行きたかったので、とりあえず出社。

一番乗りは少し気持ちがいい。

細々としていたことをしていたら、銀行に行く時間になる、

用事は積み立て預金を作ることです。

後付けでいえば老後の為とか何とでも言えますが、本当は入ってくると使いたくてしょうがないので、除けておいてもらいたくて積立預金を作りました。

そして仕事と並行して細かい自分のお金のことをやりました。

仕事もひと段落して、また片付けなどをしようと思いましたが、気分が乗らないので、仕事机の周りを4か所から写真を撮り帰宅して考えることにした。

あらかた今日の仕事は片付いて、帰宅。

最近は、頑張らなくていいし嫌なことされても怒る必要もないと身に染みて分かっているので、ビクビクしにくくなり以前より帰宅が楽になった。

帰りにドラッグストアでポテチを買った。

このドラッグストアは、コロナの前からレジの若い女性が毎回お釣りを落とすように渡してくるので、触るのも嫌なんだろうなとこちらも手を下げながら受け取っていたが、ある日若干腹が立ってこちらの手を落とすスピードを少しはやめたら、小銭が落ちて、自分の怒りの感情のみっともなさに恥ずかしいあまり、足が遠のいていましたが、湖池屋のポテチを安くそろえていてくれるので、最近はたまにまた行くようになった。

さて、今日は晩御飯は有り物でいいので、タバコを突っ込んでいる段ボール箱を整理しよう。

口は開いているがほとんど手つかずのタバコを捨てるか取っておくかが悩むところです。

9月6日の日記

起きて、何となく前回のブログを書きました。

とりあえず洗濯機を回して、ちょっと近くの街まで出ましたが、居場所がない。

パチ屋にいても、当たらない限りは、機械は1分で100発打ち出すけど、長いリーチとかは打ち出しを止めるので、結局、1時間当たらないと1万円ちょい使ってしまうことになります。

ユニクロで同じ柄の黒ロングソックスを買いそろえる。これで、洗濯の後に靴下を揃えるのが楽になりそうです。

帰って冷蔵庫の整理。

調味料・飲み物・食材・作り置きの料理でキレイにまとめたいが、なかなかうまくはまらない。とりあえず余計なモノとか期限がきたモノとかを捨てました。

白い洗濯物を漂白して乾かす。

最近、色々と過去のどうでもいいモノから大切なモノなどを捨てたり売ったりしてますが、手元からなくなると、もうその物を「どうしよう」とか、関連した過去の問答が消えてくれるので、最初は少し寂しいけど後がとても楽です。

基本的に頑張らない方向で

朝起きて、ボッーとしています。

何だろう、この常に頑張らないといけないという軽い強迫的な感じは、といつも感じていました。

思い返すと、小中の受験で、やりたくもなかったんですが毎日勉強づけで、いつの間にか「成績がよくなくてはいけない」と自分でその環境に適応するように認知を歪めたり、「20歳になったら真面目になります」という言葉があった気がするんですが、結局は安全なところで悪い事をする人が人生上手くいっていた(僕の主観で見ただけですが)ため、僕は真面目に道徳的に生きるしか、自分を肯定する支えがないような状況で、認知を歪めたりと。

そうやって、結局は人の視線と評価にうろたえていたんだなと思います。

そうして、自分なりの「こうあるべき」「これが正しい」で自分を守りながらも窮屈にしていました。

それが、何か常に焦燥感と言うか強迫的な感じになっていたんだと思います。